批判記事
「子育てのまち」と言うなら、ここで逃げてはいけない
井崎義治市長は、令和5年市長選で「住んでよかったを、このまちのすべての方へ。」を掲げ、「質の高い子育て・教育環境の実現」や「市民の知恵と力が活きるまち」を訴えています。その市政のもとで、流山市唯一の公立幼稚園である流山市幼児教育支援センター附属幼稚園の廃園方針が進んでいること自体、すでに大きな矛盾です。
さらに見落としてはいけないのは、この附属幼稚園が井崎市政と無関係に残ってきた古い施設ではないという点です。平成23年第3回定例会の議案第56号では、井崎市長名で「流山市幼児教育支援センター及び附属幼稚園の設置等に関する条例」が提出され、提案理由は、幼児教育支援センターを設置し、あわせて同センターに附属幼稚園を設置するためだとされています。
つまり、市長自身の時代に、公立の幼児教育支援センターと附属幼稚園を制度として位置づけた。その後、市は同園について、市内唯一の公立幼稚園として先導的な取り組みを行ってきたことや、遊びを大切にした教育、配慮を要する子どもへの支援などで一定の成果があったことも認めています。それを後から園児数や財政、私立園の定員余力を理由に閉じるなら、単なる施設整理では済みません。市長側には、過去に公として必要だと設置した機能を、なぜいま失わせるのかという自己検証が必要です。
もちろん、附属幼稚園は教育委員会・学校教育部の所管であり、市長が教育内容のすべてを単独で決めたと断定する記事ではありません。しかし、廃止条例案の提案、予算、行政全体の方針、市民への説明責任は市長部局と切り離せません。だからこそ、この問題では井崎市長を「中心的な説明責任者」として見る必要があります。
市長名で設置した公立幼児教育の拠点を、後に市長側が廃止条例案として扱うなら、「当時は必要だったが今は不要」と判断した根拠、失われる実践機能の代替先、要配慮児支援の担保を、市民が検証できる形で示すべきです。
市側は園児数の減少、私立幼稚園の定員余力、財政負担を理由にしています。しかし、園児1人当たりの運営費を強調するだけでは、廃園後にいくら純削減できるのかは分かりません。センター機能、職員配置、私立園への支援、要配慮児支援の追加コストまで含めた差引額を示さない限り、市民に対する説明としては弱いです。
さらに重いのは、支援を必要とする子どもの受け皿の問題です。公式資料では、令和5年5月1日時点の附属幼稚園は園児22人中、支援児在籍数9人、割合41%とされています。私立園に空きがあることと、同じ水準で支援を引き受けられることは別問題です。この点を曖昧にしたまま「体制を整える」と言うだけでは、子育てのまちを掲げる市長の説明として足りません。